2020/12/07

高崎市八幡原A号・B号石槨

【アクセス】★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
八幡原A号・B号 円墳 径13m、後に改変して30m 八幡原町若宮 台地 埴輪、剣 現地案内板

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古墳の南側近く。発掘調査後主体部のみ保存。

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石槨が2基。

 

(現地案内板より) 高崎市指定史跡 八幡原 A号及びB号石槨 (八幡原町字若宮) 指定 昭和51年1月14日本石槨は、6世紀中頃の築造と考えられ、高崎市教育委員会が昭和49年10月より実施した第二次八幡原遺跡発掘調査により発見された。この地域では盛土を持たない石槨が多く調査された。この時代に流行した家族墓的な横穴式小円墳との係わりなど古墳時代の文化、思想を探る上での貴重な資料である。群馬県内で古墳は約1万基造られたと考えられている。そのほとんどは6世紀中頃から7世紀中頃に造られている。八幡原遺跡の調査は昭和49年~50年にかけて土地改良事業に先行して実施された。調査された古墳は17基で、石槨は26基であった。 本古墳は径13mの円墳の主体部で埴輪、剣などの遺物を伴った。その後、造りかえて横穴式石室を伴う径30mの円墳になっていた。 土地改良事業を記念して古い古墳の主体部が残された。
(撮影 2004/01)

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2020/12/03

高崎市岩鼻二子山古墳

古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
岩鼻二子山古墳 前方後円墳 全長115m、後円部径60m、前方部幅67m、高さ9~10m 綿貫町 石棺、五(四)神四獣鏡1、鉄鍬1、鉄斧1、鉄鉾1、鉄剣2、直刀12、石製模造品、埴輪 高崎市史

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岩鼻二子山古墳は現在の日本原子力研究所高崎研究所の敷地内にあったが、昭和10年頃岩鼻火薬製造所の施設整備に伴い消滅した。群中最大規模で、近くの不動山古墳同様造り出しがあったものと推定され、出土埴輪などから5世紀後半の築造と考えられている。大正2年に発掘調査が行われ、後円部から2基の石棺が出土し、1基が東京国立博物館に収蔵されている。もう1基についてはすでに蓋が存在しなかったようだがそれ以外は市史に記述がない。

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この石棺は凝灰岩を刳り貫いて造られた舟形石棺で蓋と棺身からなる。蓋は全長が253cm、幅148cm、高さ約50cmの規模で、両長側面に各2個の縄掛突起がある。棺身は全長261cm、幅108cm、深さ約66cmで箱形をしており、小口面に縄掛突起が1個ある。

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博物館入口右手の東洋館軒下に屋外展示されている。訪れたときこの石棺は立入禁止区域内にあり(といっても禁止区域境界のすぐ近くだが)間近での観察はできなかった。

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近くには他に2基の石棺が展示されている。これは、福井市小山台古墳出土の舟形石棺。

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こちらは仙台市一塚古墳出土の家形石棺。
(撮影 2009/07)

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2020/12/02

高崎市不動山古墳

【アクセス】JR倉賀野駅から徒歩・自転車3.2km、駐車場無し、見学自由 ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
不動山古墳(岩鼻村第15号古墳) 前方後円墳 全長94.00m、後円部径54.00m、後円部高さ10.10m、前方部前幅55.00m、前方部高さ (9.10m) 綿貫町金堀 台地 円筒埴輪、朝顔形埴輪、形象埴輪、土師器、大刀、鉄鍬、舟形石棺 高崎市史、現地案内板

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北西から。群中4基の前方後円墳の中で普賢寺裏古墳に次いで築造された。写真右側の前方部は昭和30年代に土取りで削られてしまった。平面形は太田天神山・伊勢崎お富士山古墳と相似形でその関係が注目される。5世紀中葉から後半の築造。

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後円部上には不動尊。本古墳の南(原子力研究所敷地内)には岩鼻二子山古墳という全長120mの前方後円墳があったが昭和10年前後に消滅した。

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社殿裏に舟形石棺の身が保存されている。凝灰岩製で両端に1個の縄掛突起がある。

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(現地案内板より)高崎市指定史跡 不動山古墳古墳時代の5世紀後半に作られた前方後円墳です。 全体の墳形が良く残っており、まわりに濠もまわっていたことが分かります。西に前方部、東に後円部があり、北側のくびれ部には、方形の造り出しを作っています。 後円部の上に後の時代に不動尊をまつっていることから不動山古墳と呼ばれています。 後円部は作られた当時より大分削平されているようで、舟形石棺の身部が残っています。蓋は不明です。おそらく後円部に遺骸を納めた主体部があったのでしょう。 不動山古墳は、観音山、普賢寺裏、岩鼻二子山古墳とともに綿貫古墳群の一角を占め、この地域に大きな勢力をもっていた豪族がいたことを示しています。 昭和37年から39年にかけての調査で埴輪、鉄製鍬先、土師器が出土しています。全長94.00m 後円部径 54.00m 後円部墳頂径 18.00m 後円部高さ 10.10m 前方部前幅 55.00m 前方部高さ (9.10m) くびれ部幅 36.50m高崎市教育委員会 (現地案内板より)
(撮影 2004/01)

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2020/11/28

高崎市観音山古墳

【アクセス】JR倉賀野駅から徒歩・自転車3.3km、駐車場有、見学自由(石室内要許可) ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
観音山古墳(岩鼻村第22号古墳) 前方後円墳 全長97m、前方部幅64m、高さ9m、後円部直径61m、高さ9.5m 綿貫町観音山 台地 鏡、大刀、金銅製大帯、銅製水瓶、銅製刀子、挂甲、冑、馬具金環、須恵器、円筒埴輪、形象埴輪、横穴式石室 高崎市史、現地案内板

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群中4基の前方後円墳の中で最後に築造された。多くの埴輪を樹立し、副葬品には百済新羅時代と関係の深いものがある。被葬者は上毛野国系豪族の中心的人物で6世紀後半の築造と推定されている。

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古墳公園として整備保存されている。

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中段面に開口する横穴式石室。県教育委員会に予約して見学した。

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羨道部分の側壁は河原石積で玄室比べ粗雑。全長12.65mは県内第4位。床面積では県内最大。天井は低いが玄室の平面形は奈良県の見瀬丸山古墳の石室に匹敵する。

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玄室。角閃安山岩をブロック状にして通し目積みしている。発掘調査時、右側の側壁はほとんど崩壊しており後に復元整備された。

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ご一緒した古墳仲間の皆さん。

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奥壁

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奥から。

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(現地案内板より)史跡観音山古墳 史跡指定 昭和48年4月14日 所在地 高崎市綿貫町観音山群馬県の古墳時代後期の代表的な前方後円墳である。 墳丘は、前方部を北北西に向け、全長97m、前方部幅64m、高さ9m、後円部直径61m、高さ9.5mの規模で、すべて盛土で築かれている。中段部と墳頂部には埴輪の配列がある。 周堀は二重にめぐり、内堀と外堀は中堤で区分される。全長178m、幅143mほどである。 石室は、後円部に築かれた巨大な横穴式石室で南西に開口する。壁面は榛名山二ツ岳噴出の角閃安山岩の切石を積み上げ、天井石は吉井町産出の牛臥砂岩が用いられている。 なお、出土品は県立歴史博物館に展示されている。 昭和56年3月 文化庁 群馬県教育委員会石室計測値 全長 12.65m 玄室長 8.12m 奥壁幅 3.95m 奥壁高 2.68m 羨道長 4.53m 羨道奥幅 2.40m 羨道奥高 1.39m 入口幅 1.34m 入口高 1.18m
(撮影 2004/01、2009/07)

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2020/11/27

高崎市山ノ上西古墳

古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
山ノ上西古墳 円墳 径約10m 山名町山神谷甲 山林 横穴式石室、須恵器 高崎市史

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急斜面に造られた山寄せ式の円墳であるが墳丘はほとんど残っていない。羨道部は壁体が沈み込んで崩壊している。中央上の杉の木が絡みついているのが玄室の天井石。

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玄室を上から。崩落が激しく中に入ることは出来ない。左が玄門側、右が奥壁側。

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天井石のすき間にカメラを入れて奥壁方向を撮影。山ノ上古墳と同じく凝灰岩の截石を使用。市史では7世紀後半の築造で山ノ上古墳の次の代と位置づけている。

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その手前のすき間から奥壁方向を撮影。天井石が落下している。昭和34年に調査されていて、羨道長3.63m、幅0.83m、高さ0.96m、玄室長2.7m、奥幅1.95m、前幅1.66m、高さ1.42~1.66m。
(撮影 2004/01)

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2020/11/23

高崎市山ノ上古墳

山ノ上古墳は、山名駅の西900mほどの丘陵の東南端部で急傾斜地の上縁に築かれています。国指定史跡。
【アクセス】上信電鉄西山名駅から徒歩・自転車1.0km、麓駐車場から200m、見学自由 ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
山ノ上古墳 円墳 15m、高さ5m 山名町山神谷 横穴式石室 現地案内板

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急な石段を登りきると目の前に古墳がある。写真左に見えるのは、放光寺の長利僧が母の黒売刀自のために建立した山ノ上碑を保存する建物。

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これを古墳の墓誌とし古墳の築造を681年とし、群馬県の截石切組積石室の年代を7世紀後半から8世紀前半とするのが定説であったが、近年、截石切組積石室をもつ総社古墳群の形成の分析や他の古墳との比較から、7世紀中ごろの築造と考えられている。現地案内板も7世紀中葉としている。

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羨道部。凝灰岩の截石切石積。

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玄室。馬頭観音像がある。

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奥から外。群馬県の截石切石積の古墳の最も早い段階に位置付けられている。

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羨道部を奥から。

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(撮影 2004/01)

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2020/11/22

高崎市山名土合Ⅰ号古墳

古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
山名土合Ⅰ号古墳(多野八幡村71号古墳) 円墳 径9.5m 山名町土合 横穴式石室、刀子、水晶製切子玉、ガラス製小玉、滑石製管玉、円筒埴輪、形象埴輪、須恵器、馬の歯 高崎市史

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南八幡中学校正門前に移築されたⅠ号古墳の石室。

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古墳を潰して作られた学校はけっこうある。是非保存してほしい。

(現地案内板より)土合Ⅰ号古墳(復元) 1.古墳名称 土合Ⅰ号古墳   「上毛古墳綜覧」旧多野郡八幡村第69号古墳 2.築造地番 高崎市山名町7番地(土合は小字名)   移築現在番地 同町31番地 3.古墳形式 円形古墳 4.概要  昭和10年、県下一斉調査による「上毛古墳綜覧」には、旧多野郡八幡村地域に、77基の古墳があったことが記されています。その後、県などの遺跡調査によって、山ノ上西古墳をはじめとした数基の古墳が新たに確認されています。今までに破壊されたしまったものを含めると百基に及ぶ古墳が築造されたと推定されます。これらの古墳はほとんど7世紀から8世紀始めの古墳時代末期に築造されたと推定され、土合Ⅰ号古墳もこれらの中の1基と考えられます。  昭和39年夏、群大史学研究室に発掘調査された結果によりますと、石室は素朴な横穴式(袖無型)であり、石室の構造から見て家族墳で、死者を追葬しました。  出土遺物は、刀子一、管玉一、曲玉(碧玉)一、小玉三、人形埴輪ニ、円筒埴輪三(後の調査で円筒埴輪の配列確認)、その他若干の出土品がありましたが、群大史学研究室に保管されています、  昭和43年、発掘調査資料に基づいて、本校社会科クラブが石室を中心に復元し、土地所有者の好意により地所を無償借用して管理・保存してきました。  高崎市は、この校地に隣接する土地の買収を行い、古墳所在の位置に校舎を増築することとなったので、昭和54年2月、本校は保存のため古墳を解体して、55年5月社会科クラブが地元上原建設株式会社の協力を得て現在地に移築・復元しました。 昭和56年8月 高崎市立南八幡中学校
(撮影 2004/01)

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2020/11/18

高崎市山名原口2号墳

【アクセス】上信電鉄山名駅から徒歩・自転車650m、駐車場有、見学自由(柵内立入禁止) ★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
山名原口2号墳 円墳 約16.5m 山名字原口 耳環、鈴、切子玉、勾玉、管玉、玉、鍔、柄頭、鉄鏃、小札、轡、横穴式石室 現地案内板

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発掘時すでに天井石は失われていたがその他の状態がよかったので覆いを架けて保存。石室の全長7.3m、玄室長3.9m、玄室幅2.3m、羨道長3.4m、羨道幅0.9~1.2m。

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横から。金網越しに広角で撮影。鏑川系の棒状片岩の模様積み。

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奥から。両袖型。

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(撮影 2004/08)

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2020/09/11

高崎市寺尾町笹畦1438所在古墳

本古墳は、観音山丘陵東縁の丘陵上に単独で築かれています
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
寺尾町笹畦1438所在古墳 円墳 径不明、高さ1m 寺尾町笹畦 箱式石棺、埴輪、須恵器 高崎市史

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鶴辺団地から丘陵へ分け入る急な坂道を登って到達。

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笹薮に埋もれるように箱式石棺が残っていた。
(撮影 2004/01)

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2020/03/06

高崎市漆山古墳

古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
漆山古墳 前方後円墳 *全長61.2m、前方部高さ6.0m、後円部高さ7.5m 下佐野町蔵王塚 大刀、馬具、金環、人歯、*円筒埴輪、*形象埴輪 高崎市史

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西から後円部。前方部は約1/2が失われている。佐野古墳群の最終段階の前方後円墳で6世紀末葉から7世紀前半の築造と推定されている。

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南向きに開口する横穴式石室(2004年、所有者の許可をもらい見学)。現在は施錠されてる。
羨道部は手前よりが失われている。羨道長4.24m。高さはまぐさ石の手前で1.85m。

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玄室。玄室長3.73m、奥幅2.21m、天井高2.25~2.43m。

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両袖型。加工された凝灰岩を互目積にしている。
(撮影 2004/01)

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