2009.08.31

熊野神社古墳一般公開

保存整備工事が行われていた府中市熊野神社古墳が一般公開されるということで出かけてきました。(古墳について詳しくは府中市HPをどうぞ)小雨が降るあいにくの天気の中、記念式典が終わるころを見計らって正午頃に到着。出店がたくさんあり、これはもうお祭りですね。
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なにはともあれ復元された古墳を見学。社殿の裏へ行くとアダムスキー型円..じゃなかった、葺石でビッシリ覆われた上円下方墳の威容が目に飛び込んで着ました。過剰な復元という気もしますが、築造当時の姿を知るという意味では意義があるのでしょう。
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しかし、楽しみにしていた石室は埋め戻し。あの脆い石材では仕方ないでしょうね。(一年前に埋め戻し直前の見学会があったそうです。残念。)それに墳丘に登れない。せっめてもう少し上の角度から墳形が見られるような施設が欲しいところです。
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市HPの案内では「市職員による国史跡武蔵府中熊野神社古墳についての説明 正午以降適時」とあったので解説会があると思ったのですが、私がいる間にはそれはありませんでした。(尋ねたところ式典以後は特にイベントはないとのことだった。めげずに職員をつかまえて話を聞きましたが。)プレバブ小屋に設けられた小さな展示室では発掘当時の写真パネルや葺石、石室材の実物などを展示。検出された数少ない副葬品である鞘尻金具も展示してあり、これが本日一番の見所でした。(西府文化センターにて常設展示されているそうです。)
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帰る途中、西府駅前でこちらも整備された御嶽塚古墳を見学。以前は塚という認識だったようですが、周辺では13基の古墳が検出され御嶽塚古墳群と呼ばれています。熊野神社古墳よりやや古い6世紀後半から7世紀初め頃の古墳群のようです。
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2009.07.13

岩鼻二子山古墳石棺

千葉へ出かける用事があったので、早めの電車に乗り東京国立博物館へ寄ってみることにしました。先日のオフ会で話題になった高崎市岩鼻二子山古墳出土石棺を見るためです。職員に尋ねてみると、東洋館の軒下にあるが現在は耐震工事中で見学はできないとのことでしたが、立ちあっていただけることになり数分間でしたが見学することができました。(本当は平日に担当職員がいるときに問い合わせて欲しいとのことでした)軒下には岩鼻二子山古墳出土石棺の他2基の石棺が展示?してあり、1基は福井市小谷台古墳出土の舟形石棺、もう1基は仙台市一塚古墳出土の家形石棺です。こちらは間近で見られたのですが、肝心の岩鼻石棺は元々立入禁止である場所にあり(なんで?)境界の垣根越しでの見学。岩鼻二子山古墳は日本原子力研究所高崎研究所の敷地内にありましたがすでに消滅しており、全長115mの前方後円墳で5世紀後半の築造と推定されています。石棺は凝灰岩の舟形石棺で蓋と棺身からなり、高崎市史によると蓋は全長が253cm、幅148cm、高さ約50cm、身は全長261cm、幅108cm、深さ約66cm。蓋には2対の縄掛突起があり、身にも1個あるはずですが反対側にあるのかこちらは見られませんでした。

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しかし、石棺というのはこのように野ざらしに近い展示をされるほど価値が低いものなんですかね。是非屋根を架けて欲しいものです。それにほとんど知る人もいない展示なら、出土地に近い群馬県立博物館とか不動山古墳あたりへ里帰りさせてもいいのではと思ったりもします。

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2006.12.04

東京多摩地域探訪2

 先週の続きで再び東京都多摩地方へ。今日は久々に晴天かと思いましたが、東京が近づくとけっこう雲が多くてちょっとがっかりしました。
 八王子市楢原町の鹿島神社境内には鹿島古墳があるはずですが墳丘は見当たりませんでした。その北方には鹿島北古墳があるはずで、地図の位置には日枝神社があります。境内には小さな塚がありますが古墳なのかな。そのまた北方に一本松古墳があるはずで、こちらは住宅街の一角にそれらしき空き地がありました。松の大木の枯れたのが転がっていたのでたぶんこれでしょう。富士見台霊園東方の台地上には都指定史跡の北大谷古墳があります。クルマでは行けず農道を5分ほど歩いて到着。径はありますが低い墳丘でいまひとつ目立たず説明板も無いし、あまりチカラが入ってませんね。でも台地上からは見事な紅葉を見ることができました。Kitaooya

 日野市西平山には西平山古墳群が分布しています。畑の中に河原石を積んだものが3基、墓地にも似たような塚がありました。葺石や石室材だったのかもしれませんが、耕作のさい出た河原石を積んだもので古墳ではないかも。平山住宅北側にも現存マークがあったので行ってみました。団地北川斜面の上に小さな祠の乗った塚を発見。小さなものですがこれなのかな。どうも今回はモヤモヤした古墳ばかりです。
 町田市の三輪地区には横穴墓がたくさんあります。鶴川女子短大北方の崖斜面には西谷戸横穴墓群が開口。9基ありますが柵で囲われ内部を見ることはできませんでした。Nisiyato
妙福寺南方の山中には下三輪横穴墓群があります。妙福寺から徒歩で紅葉を楽しみながら5分ほど歩くと小さな標識があり山道へ。黄色のロープ伝いに進んでいくとほどなく横穴墓が見えてきました。天井に屋根をかたどった彫刻があるそうですが、ここも柵があって入れず。Simomitu
沢谷戸自然公園北西近くには白坂横穴墓が2基開口。とても状態がよく壁に刃物のあとがはっきり残っています。Sirasaka

 多摩市の和田・百草には和田古墳群が分布。指定史跡の稲荷塚古墳は恋路稲荷神社境内にあり、珍しい八角形墳とされています。以前は石室を公開していたそうですが現在は埋め戻されて見ることができません。Tamaina
東方近くにあった白井塚古墳は見つけることができませんでした。その北方300mには庚申塚古墳があり、低い墳丘が残っています。さらにその北側には塚原古墳群が分布していますが、ほとんど削平されてしまったようで、民家の築山として残っている1基しか確認できませんでした。
 八王子市大塚の大塚八幡神社境内にも現存マークがあります。神社のある丘陵自体が巨大な古墳のようにも見えますが東京都遺跡地図では径13mとなっているので、たぶん社殿脇の稲荷社の乗っている部分が古墳なのではないかと思います。
 再び日野市に入り百草の万蔵院台古墳群を探してみましたが、一面の苗木畑で墳丘は見られませんでした。
 あきる野市ではまず都指定の大塚古墳へ。JR五日市線の近くに径の割に背の高い墳丘が残っています。しかし古墳と断定されたわけではなさそうです。A_otuka
日の出IC東方にはやはり都指定の瀬戸岡古墳群があります。国道北側の分布域の古墳は私有地内に保存されています。所有者に声をかけて見学しましたが河原石の集積がいくつかあるだけで墳丘らしきマウンドは確認できませんでした。地下式の石室を持つそうですのでもともと背は低かったのかもしれません。どこかに保存された石室があるはずなので国道北側の住宅街を探してみると分布域の南西端にありました。河原石積の石室が下部のみですがフェンスに囲われ整備保存されています。あきらめずに探してよかった。Setooka
多西小学校南東の小宮神社隣には北小宮古墳と思われる墳丘を見学。その東方の草花古墳群・森山古墳群では1基も確認できませんでした。二宮神社にも現存マークがありましたがそれらしきマウンドは見当たりません。境内には二宮考古館があったので見学してみることにしました。入館無料で展示も考古資料のみですが、縄文時代の顔面把手や棒石など面白い展示物もあり、また館員の方が詳しく解説をしてくれてたいへん勉強になりました。平沢地区では無名墳を確認しましたが原小宮古墳群ではまたもや不発。ちょうど薄暗くなってきたところで今日の予定は終了です。
 今回で東京探訪は一応終了。次回からはまた栃木方面へ行こうかと思います。

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2006.11.27

東京多摩地域探訪

11月26日
 先週の日曜日を繰り返すかのような天気予報でがっかりしましたが、予定通り東京多摩地方へ出かけてきました。
 圏央道青梅ICで降り横田基地を横目にまずは昭島市へ。近年になって半地下式の横穴式石室が発見された浄土古墳が整備保存されています。墳丘はほとんど無く、芝生から石室材が顔を覗かせていました。その他昭島市では東京都遺跡地図で現存マークのあった2基を探してみましたが見つかりませんでした。
 立川市には古墳はほとんど無く、唯一現存マークのあった無名墳を訪ねてみるとそこは沢稲荷神社でした。社殿の下に小さな墳丘が残っています。ちょうど祭事がある日らしく地元の方々が何人もお参りに来ていました。Sawainari

 国立市青柳のゴルフ練習場近くには青柳古墳群が分布していてほとんど消滅してしまいましたが、調査された1号墳が古墳公園として移築保存されています。Siken1
石室も下部のみですが復元されていました。近くに郷土資料館があったので寄ってみるとまだ開いていません。開館時間を過ぎても開かないので出てきた職員に尋ねてみると、うっかり閉館の立て札をどかし忘れたようです。常設展示室へ入ってみると照明が点いてなくてまいりました。なんだかなあ。郷土資料館近くの南養寺南古墳は発見できず。富士見台幼稚園近くの石塚古墳は、古墳とは確定していないようですが小さな神社として残っていました。第六天神社北川の民家内には谷保古墳が現存。国立インター入口交差点南側には下谷保1号墳が指定史跡として保存されています。Simoya1
河原石積の横穴式石室が検出されていますが埋め戻されたよう。そのすぐ東側に2号墳も現存しています。
 府中市に入り、最近発掘されて有名になった上円下方墳の熊野神社古墳へ。社殿裏に大きな墳丘が残っているのですが、どうやら整備工事中のようでシートで囲われ見ることができませんでした。どうせなら石室も公開してくれませんかね。Kumano
分倍河原駅西側には高倉古墳群が分布しています。25基確認されていますが墳丘が残るのは4基のみ。そのうち高倉塚古墳は古墳公園として整備されていました。他3基も無事に見学。Takakura

 調布市では飛田給古墳群を探索してみようと思ったのですが、駅の廻りはものすごい人出。そういえば今日は味の素スタジアムでFC東京と浦和の試合でしたっけ。駐車場も見つからずここはあきらめました。
 三鷹市では出山横穴墓群の1基が保存公開されています。近くのふるさとセンターで場所を尋ねると駐車させてもらうことができました。徒歩で崖面に設けられた遊歩道を降りていくとほどなく横穴墓の保護施設が見えてきました。中に入って照明の点いた横穴墓をガラス越しに見学。まるで横穴式石室のような造りで、この手のは初めてみました。苦労して撮影しましたがやっぱり外光が写りこんでしまいました。Deyama8

 多摩川を渡り日野市へ。日野駅南方の崖面には坂西横穴墓があり市指定史跡となっています。しかし横穴墓は埋め戻されたのかまったく所在がわからず案内板が立っているのみでした。日野自動車グラウンド南方には七ツ塚古墳群が残っています。金毘羅堂(この土台も古墳)の近くに説明板があり、やや南西に離れた畑の中に5基の円墳を見ることができました。ここでとうとう雨が降ってきしまい終了。Nanatu
ここのところ古墳へ行くと曇り空の日ばかりです。
 今回は自動車&折畳み自転車で行動しましたが、東京では公園の駐車場は有料だったり駐車場を探すのも大変ですね。次回はどうしよう。

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2006.11.13

世田谷区・狛江市・調布市探訪

11月12日
 木枯らし1号が吹きすさぶ中、世田谷区・狛江市・調布市の古墳を訪ねてきました。午前9時に成城学園前駅に到着。今回は事前に調べておいた公営の貸し自転車を使うことにしました。運転免許証の提示が必要ですが200円で借りられるのは手軽でうれしいですね。早速借りたママチャリに乗って出発です。
 砧中学校古墳群は名前の通り砧中学校の校庭に残っています。用務員さんにお断りして見学。ここ2年間で初めて見学に来たとかで最初は怪訝そうな顔をされました。4号墳はほぼ完存の円墳。3号墳は半壊で残っていました。8号墳の痕跡もあるそうですがパス。
 下野田2号墳は砧小学校南東にあるはずですが、民家の築山がそうなのかな。大蔵公園には3基の古墳があるはずですが、明瞭な墳丘は見つかりませんでした。公園内野球場東側の築山は多分違うと思います。公園から南へ下ると殿山古墳群の分布域です。民家内の林に残っていそうな雰囲気でしたがここは深入りせず。高速道脇の小さな神社はたぶん2号墳かと思います。
Kinuta04
Kitainari

 喜多見にも多くの古墳が残っています。稲荷塚古墳は小さな古墳公園として保存されています。切石の横穴式石室を持つそうですが現在見ることはできません。須賀神社社殿の土台も古墳(天神塚古墳)と思われます。そのすぐ南側竹林に径約28mの第六天塚古墳があります。慶元寺境内には慶元寺古墳群4基が現存しています。1基は見ることができましたが残りは本堂裏の庭園の中。見学をご住職にお願いしたのですが、正月とお彼岸のときにしか開放しないそうで見ることができませんでした。
 狛江市に入り、まずは土屋塚古墳へ。ビルに囲まれ裾が削られていますが大きな墳丘が残っていました。残念ながら墳丘内は立入り禁止です。橘北塚古墳は駐車場と狭い道路に囲まれ四方から観察できますが、潅木に覆われて墳丘はよく見えません。猪方地区の古墳はほとんど残っていませんでしたが、前原塚古墳は畑の中に現存していました。狛江第三中学校西側には亀塚古墳があります。入り組んだ場所にあって見つけるのに一苦労。破壊されつくす寸前の所で保護されたそうで小さなものでした。龍泉寺の向かい側には径40mと大型の経塚古墳があります。墳丘に立ちいるには許可が必要とかで入口は施錠されていました。その近くの駄倉塚古墳・東塚古墳・前原東稲荷塚古墳もひっそりと残存。白井塚古墳は造園屋さんの敷地内に残っていそうでしたがパス。兜塚古墳は古墳公園となっていますが門が閉まっていて入れず。鍵はなかったので手を突っ込んで閂を外せば入れましたがそこまで勇気はありません。なぜ開放しないのでしょう。
Tutiya
Kyouduka
Kitune

 調布市には墳丘が現存する古墳はほとんどありません。国指定の縄文遺跡である下布田遺跡内には下布田古墳群が何基かあるはずですがさっぱりわからず。資料館は日曜閉館で見学できず残念でした。その近くに狐塚古墳が古墳公園として整備保存されていますが、墳丘はほとんどなし。上布田や古天神の古墳も探してみましたが消滅したのか見つかりませんでした。糟嶺神社の土台は古墳かもしれませんが東京都遺跡地図では「古墳?」となっています。もし古墳なら40m級の立派なものなのですが。
 今回は自転車のおかげで、歩きよりはるかに行動範囲も広くとれ、狭くて一方通行の多い迷路のような都内の道を快適に走破することができました。しかし区部には多いレンタサイクルも市部にはほとんどないようです。府中~八王子の探訪は、自動車&折り畳み自転車にしよう。

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2006.10.16

渋谷・港・品川・大田区探訪

 やっと時間が取れたので秋晴れのさわやかな陽気の中、久しぶりに古墳めぐりへ出かけてきました。まだ山中は危ない季節なので今回も東京都遺跡地図を頼りに東京へ。
 東京都遺跡地図によると、明治神宮の大鳥居をくぐり本殿に向かい直角に曲がるあたりに古墳が現存しているはずですが見つけられませんでした。明治神宮御苑にも入って(入場料500円)みましたが、こちらからも発見できず。菖蒲と紅葉の間の季節なので閑散としていましたが、都心部とは思えない木々に囲まれた静かな空間でした。
 代々木八幡神社本殿裏にも古墳?マークがあるので行ってみましたが、本殿裏へは行くことができず不発。境内には縄文時代の代々木八幡遺跡があり竪穴式住居が復元されていました。
Yoyogi

 代官山の猿楽塚古墳は区指定史跡。ビルの間に高さ5mの墳丘が残っていました。しかし2基あるはずなのですが、もう1基は見つけることができませんでした。この辺りのレストランは道路に向かい飲食のためのテラスを設けているのを多く見かけましたが、私には理解しがたいスタイルです。
Sarugaku

 渋谷駅東側の福昌寺には石棺仏が残されています。古墳の石棺を利用して仏様を彫ったもので、関西には多くあるのですが関東では珍しいものです。
Sekkan

 有栖川記念公園内にも2基の現存マークがあります。図書館北側に石室材らしき巨石が転がっているマウンドがあり、これがそのうちの1基と思われます。もう1基は遊具のある西側斜面にそれらしきマウンドがありましたが特定できず。
Arisu

 京急本線鮫洲駅近くの大井公園内にも古墳が現存していました。台地の縁辺でいかにもといった立地です。その北東近くで大井林町古墳の痕跡を見ることができました。ダブノキの巨木の下のマウンドが道路に向かって半円状に突き出しており、これが古墳であると思われます。
Ooikoen
Ooihaya

 西糀谷4丁目の糀谷神社が薬師塚古墳として掲載されていますが、本殿の低い土台がそうなのかな?
 JR蒲田駅東側の女塚神社境内には女塚古墳が残されています。「古墳の由緒」という碑があって、それによると新田義貞ゆかりの墳墓ということですが、遺跡地図によれば古墳時代らしいです。その近くの白旗明神塚・承位明神塚は確認できませんでした。
 池上本門寺南東の台地縁辺には通称万両塚という芳心院の墓があり、その南隣が堤方権現台古墳のはずなのですが、推定地はなにやら工事中のよう。このブルーシートの下が古墳か?ついでに本門寺境内を散策してきました。力道山の墓とかもあるんですね。
Manryou
Hgozyu

 鵜の木1丁目の光明寺境内には光明寺荒塚古墳があります。推定1号墳は真新しい墓地内にきれいに整備されていました。2号墳は墓地造成で消滅したか本堂裏の竹林内に残っているのか確認できませんでした。門の近くにも塚がありましたがこれは古墳ではない?
Koumyou

 光明寺北側の丘陵(住宅だらけですが)尾根上にも古墳が残っていました。遺跡地図では「鵜の木1丁目15番古墳」。無名古墳みたいなものですが、小社が乗りそこそこ墳丘も残っていました。
 大塚小学校の近くには都指定史跡の鵜木大塚古墳があります。小さな稲荷神社となっています。社殿の部分が最高所ではなく裏手にもマウンドがあり、見た目より大きそうです。
Unoki

 今回は山手線、京急本線、池谷線と乗り継いで探訪しましたが、ちょっと行程を欲張りすぎたみたいで、朝8時半から午後4時までかかり、歩く距離もけっこうあって疲れました。でも秋晴れの中多くの古墳が見られて充実の一日となりました。
 

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2006.08.31

足立区・葛飾区探訪

 8月27日。いくらか涼しくなってきたので東京23区の古墳めぐり第2弾へ出かけてきました。本日は足立区・葛飾区です。
 午前8時ごろJR川口駅に到着。HP「毛長川の古墳」さんの情報を頼りに舎人団地行きのバスに乗り入谷古墳(入谷氷川神社古墳)へ向かいます。Iritani
舎人団地近くの氷川神社境内にあり、墳丘上に社殿が載っています。未調査ですが足立区では数少ない墳丘現存の古墳です。社務所?の方に挨拶したけど無視されてしまった。そこから徒歩で舎人氷川神社へ。ここの社殿下も古墳の可能性があるそうですが、現状古墳にはとても見えません。続いて伊興氷川神社へ向かいます。ここも同じく古墳には見えませんね。やはり東京は古墳跡地めぐりになってしまうのか。そのすぐ近くに伊興遺跡があるので見学に寄ってみました。Ikou
出土品などを展示した資料館、(復元)竪穴式住居、(復元)方形周溝墓が整備されています。23区内にこんな遺跡公園があるとは知りませんでした。次ぎは指定史跡の白旗塚古墳へ。Sirahata
竹ノ塚駅北方の公園内にある小さな円墳で、周溝は復元、墳丘もかなり復元らしいです。前回より涼しいせいかここまで快調なペース。
 竹ノ塚駅から電車を乗り継いで柴又駅で下車し、寅さんに挨拶してからこの近くにある柴又八幡神社へ。Sibamata
墳丘はすでにありませんが社殿の下あたりが寅さん埴輪の出土で有名な古墳です。この周辺では唯一石室が確認されているということで懸命に探してみましたが見つかりません。あいにく社務所も閉まっているのであきらめてふたたび柴又駅へ。ボランティアのガイドさんがいたので尋ねてみると、現在は石室は社殿の中で非公開とのこと。うーむ残念。
 気を取り直して次の目的地である立石様(区指定史跡)へ向かいます。青砥駅で下車し徒歩10分程度で到着。Tateisi
住宅にすっかり囲まれた小さな神社となっていて、そこに立石様があります。一種の巨石信仰のようですが、石室材かもしれない巨石がほとんど埋まった状態で一部が見えているだけです。この低地では巨石は珍しかったのでしょうね。この近くにあるはずの南蔵院裏古墳と熊野神社古墳は古墳眼が未熟なため痕跡を見つけることができませんでした。この後、帰ってから用事があるので、まだ未練がありますが今日はここまで。
 墳丘が見られたのはたった2基とはさすが東京23区。また挑戦するぞ!

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2006.08.07

北区・文京区探訪

 昨日は、炎天下の中、東京都北区・文京区の古墳を訪ねてみました。この時期、田舎の古墳はヘビやハチなど危険が多いので都会なら大丈夫だろうと安易に考えたのですが、猛暑の中アスファルトの上を歩くつらさを出発前には考えもしませんでした。
 午前8時ごろ赤羽駅へ到着。水分補給にポカリを買い求めてからすぐ近くの赤羽台団地へ向かいます。団地内の天皇塚古墳があったと思われる場所は公園になっていて、そこには見ようによっては前方後円墳を模したようにもみえる奇妙なモニュメント?がありました。またミタマ古墳があった場所は柵で囲われ、高さは低いですが径の大きな墳丘?がありました。遺跡地図では消滅扱いなので元々のマウンドではないのかも。そこから南西へ向かい公務員宿舎のあたりにあるはずの大塚古墳を探しましたが見つかりませんでした。団地内をカメラぶらさげて歩くのはけっこう勇気がいりますね。Huziduka
 そこから十条駅まで徒歩で移動はきつそうなのでバスを利用することにしました。東京で乗合バスに乗るのは記憶にある限りでは初めてです。バス停へ行ってみると路線が入り組んでいてどのバスに乗っていいものやら。居合わせたおばあさんが親切に教えてくれたので助かりました。料金の払い方もわからない始末でしたから。十条駅前で降り、夏祭りの準備で忙しい商店街を抜け、次の目的地である十条富士塚へ。石碑などで要塞化された典型的な富士塚です。調査はされていないので案内板でも推定古墳にとどめています。
 次ぎは中央公園内まで徒歩で移動。図書館脇に移築保存されている赤羽台3号墳の石室を見学しました。覆屋が架けられガラス越しの見学なのですが、ガラスが曇っていてよく見えません。何枚も撮ってこれが一番まともな写真。しかし移築とはいえ23区内で見学できる石室は貴重です。Akabane3
Yomotogi

 さらに徒歩で移動。四本木稲荷古墳を見学し飛鳥山公園へ向かいます。公園の案内図にも載っている飛鳥山1号墳はすぐに見つかりました。柵で囲われていますが昼間は東側から入って墳頂に登れます。近くの滑り台に登って写真を撮っていたら好奇の目で見られていたようです。遺跡地図ではもう1基現存マークなのですが、どれが古墳かわからないので園内の博物館で聞いてみることにしました。とりあえず300円を払って常設展示を見学しましたが縄文から近世までちょっとづつ展示してあり、古墳時代のコーナーはごくわずか。学芸員さんの話によると2,3号墳は周堀の一部が発掘されたのみで墳丘は現存しないとのこと。ただ園内の旧渋沢邸内に古墳の可能性があるマウンドがあるとのことで案内していただきました。未調査なので「もしかしら」程度ということですが、私にとっては望外の収穫です。親切に対応してくださりありがとうございました。Asuka1

 猛暑の影響かそろそろ徒歩も辛くなってきましたが、次の目的地平塚神社へ向かいます。途中、西ヶ原一里塚を見学してから神社境内へ。社殿裏が古墳かもしれない甲冑塚です。普段は墳丘には入れないのですが、バーベキューをやっている団体がいて(もちろん神社の許可をもらって)墳丘上を見学することができました。ただ北区教育委員会の方によると、周辺の発掘状況から古墳ではないのでは、とのことです。
 膝の裏が痛くなってきたので楽をしようと南北線で駒込へ向かいます。地上へ出るとちょうど牛丼チェーン店があったので昼食を取り休憩。次の目的地である富士神社へ。全長45mの前方後円墳と見られる大きな墳丘の上に乗っています。樹影が濃くて墳形がよくわからないのが残念でした。Huzizin
Hakusan
 さらに徒歩で白山神社へ。白山神社社殿裏に墳丘が残っています。墳丘は柵で囲われ入れませんがアジサイの季節は観賞のため入れるようです。
 葛飾区も廻ろうと思っていたのですが、とても体力がもちそうもないので予定を変更。学芸員さんから、星美学園裏の道路から現存する墳丘が見られると聞いたので、それを見てから帰ることにしました。南北線に乗り赤羽岩淵駅で下車。痛い足をひきずって星美学園裏の坂道を登ってみましたが、樹影が濃いせいかはっきりした墳丘は見られませんでした。冬なら見えるのかな。
 この後、高崎線に乗り無事に帰宅。この程度で息があがったり足が痛くなったりするはずはないので、熱中症になりかけたのかもしれません。次回はもっと電車・バスを駆使して楽をするぞ。

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2006.01.30

東京都荏原古墳群探訪

一昨日の土曜日は学生時代のサークルのOB会で千葉まで出かけてきました。今年は参加者が少なくちょっと寂しい宴会となってしましたが、それでも最後は毎年恒例の徹夜麻雀へ。学生時代の気分にもどりながら楽しい夜となりました。
3時間ほど仮眠をとり予定通り東京都の荏原古墳群の探訪へ向かいました。さすがに寝不足はもうこたえる年になったようで足元がおぼつきません。東急東横線多摩川駅で降り、最初は浅間神社古墳へ。雅楽の調べが流れる中(年中BGMで流してるのかな?)見学しましたがどこが墳丘なのか判然としませんでした。次ぎは多摩川台公園へ入り亀甲山古墳を見学。kikkou
全長107mの前方後円墳で、その形がよく残っています。その隣の古墳展示館へ入り出土品やパネルを見学し古墳ガイドブック(200円)を買い求めました。これには古墳散策マップがついていて近隣の古墳見学のモデルコースも記されています。今日はさすがにカルト古墳まで網羅する元気はないので、以降はモデルコースにしたがって散策してみました。古墳館近くに直線状に並んだ小円墳群の1号~8号を見学し宝莱山古墳へ。horai
全長97mの前方後円墳ですが、後円部はほとんど破壊され、前方部と鞍部付近が残るのみです。公園内の古墳はここまでですが、全体に過剰な復元など施されてなく、東京23区内とは思えないような自然な感じの古墳群でした。
公園を出て浅間様古墳へ向かいます。民家敷地内に石室が残っているとのことでしたがなかなか見つかりません。近隣の人に尋ねてなんとか発見。所有者に許可をいただいて見学することができました。sensama
小型ですが見事な切石積の石室で、23区内ではこれのほかは潜れる石室は無い(?)ようなので貴重です。次に宇佐神社裏の八幡塚古墳、小さな公園となっている狐塚古墳、等々力不動尊の斜向かいにある御岳山古墳を見学。都内でもけっこう残っているものですね。自然の景観を残す等々力渓谷へ入ると等々力横穴墓があります。3号墳のみ公開されていますが、すっかり汚れたガラス板でふさがれ、中はぼんやりとしか見えませんでした。最後に野毛大塚古墳へ。noge
全長82mの帆立貝形古墳で復元された円筒埴輪が並び、墳頂の平坦面はコンクリートで固められしまっていますが埋葬施設のあった位置は原寸大で木棺や石棺が描かれています。
モデルコースはここで終了。約5kmの行程で、所要時間は約2時間半でした。寝不足がきいたのかもう疲労でこれ以上は無理と判断し、等々力駅から帰路につきました。田舎の古墳もいいけど、都内を電車や徒歩で移動しながらの古墳探訪も面白いかもと思える一日でした。

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