非公開石室をアップしています

今まで埼群古墳館(閉館)で紹介していた石室・石棺のうち、通常非公開のものを順次再掲載していきます。
管理者・所有者等に許可を得て見学した、現説や祭祀などのイベントで公開された、過去には入室できたが現在では施錠された、現在では埋戻しか消滅してしまった石室などです。

掲載石室一覧ページ サイドバーにもリンクがあります。

★宅地内石室については一部を除き匿名で掲載する予定です。古墳名や場所の特定につながるコメントはご遠慮ください。

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2020.01.26

高崎市井出二子山古墳

記事の最後に石棺の写真があります。
【アクセス】JR井野駅から徒歩・自転車5.4km、公園駐車場、見学自由
★地図★
古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
井出二子山古墳 前方後円墳 全長108m 井出 舟形石棺、円筒埴輪、形象埴輪、土師器、須恵器、金製装飾具、装身具(冠または履、玉類)、垂飾、甲冑、武器類、馬具、祭具 現地案内板、井出二子山古墳の世界

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2012年7月に開催された「熱気球・古代東国体験」に参加し撮影。壮大な規模を実感することができた。井出二子山古墳は保渡田古墳群で最初に築かれた。広大な2重の堀とその中に四つの中島をもつ。外堀の外側にある区画から多量の人物、動物埴輪が出土している。

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八幡山古墳から整備前の二子山古墳を見る(2001年)

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2004/03/07史跡整備に伴う現地説明会を見学。5世紀後半に築かれた3段築成の前方後円墳。盾形の2重の周濠と4基の中島を持つ。

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主体部。竪穴式石室に納められた舟形石棺。石棺の外形寸法は2.88m×約1.1m。以前この上に置かれていた板石は主体部とは関係ないらしい。

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昭和5年に一度発掘されていて、その時の記録ではもっと破壊されていたらしい。そのときの調査後に修復されたのかもしれないとのこと。
(撮影 2012/07、2004/03、2001/11)

 

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2020.01.25

藤岡市霊符殿古墳

霊符殿古墳は、神流川左岸藤岡台地上の天龍寺境内にあります。

【アクセス】JR群馬藤岡駅から徒歩・自転車1.0km、寺駐車場、見学要許可(石室内立入は震災後不可)
★地図★

古墳名  墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
霊符殿古墳 前方後円墳 後円部径33m、高さ5.9m 藤岡字東裏 台地 横穴式石室、周堀 藤岡市史
霊符殿古墳 前方後円墳か円墳 残存径33m、高さ5.9m 藤岡字東裏 台地 横穴式石室、周堀 藤岡の文化財探訪

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南から。墳頂に霊符殿を祀り、西側には周溝の名残りと見られる沼地がある。東裾はJR八高線で削られており、市史では前方部を東に向ける前方後円墳(前方部消失)としているが、より新しい資料である「藤岡の文化財探訪」では「地籍図などに前方部の残影が認められないことから円墳の可能性もあります」としている。

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南向きに開口する全長9.02mの横穴式石室。羨道手前の石積みは後世のものか。6世紀末頃の築造と推定されている。(ご住職のご好意で内部を見学させていただいた。) 2013年追記、東日本大震災後、入室はできなくなったそうです。

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羨道。羨道長4.05m、同幅84~99cm、同高84~87cm。片岩と珪岩を用いた模様積み。玄室入口袖の手前にマグサ石が架設され、その下には大石(シキミ石か?)がある。

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玄室。玄室長4.97m、同奥幅1.73m、同前幅1.31m、同奥高さ1.84m、同前高さ1.57m。片岩と珪岩を用いた模様積で。平面形は羽子板状。

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奥壁。市内の伊勢塚古墳ほどではないが美しい石室だと思う。

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奥から。天井石は牛伏砂岩の巨石。

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両袖型。袖上の巨石は牛伏砂岩で、羨道より高い位置に架設している。

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羨道を奥から。

(撮影 2009/12)

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2020.01.24

本庄市長沖203号墳

長沖古墳群は、小山川(身馴川)北岸で県道秩父児玉線・長瀞児玉線周辺台地上に分布しています。前方後円墳6基を含む205基(2014年時)から成る大群集墳で、5世紀中葉から7世紀後半にかけて築造されたものと推定されています。

 

古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
長沖203号墳 円墳 復元径約19~20m 長沖 丘陵・山林・墓地 葺石・円筒埴輪・朝顔形埴輪・形象埴輪・横穴式石室・人骨・武器類・耳環・玉類 長沖古墳群XV(2015)

 

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群の東端にあり2013年に発掘調査が行われた。(調査報告書刊行までブログ等で公開しない約束で写真を撮らせていただきました。ありがとうございました。無事に刊行されたので報告書を引用しアップしました。)以前は前方後円墳とされていた31号墳の前方部とみられていたが、調査の結果やや楕円形の円墳と判明。基壇が巡り葺石(写真手前)がj施されている。奥の石積みは横穴式石室の控え積。墳丘から埴輪片を多く検出。6世紀後半の築造と推定されている。(本墳は調査後消滅しています。

 

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主体部はやや南東向きに開口する河原石積みの両袖型横穴式石室。控え積みを含む推定全長は8.30m。羨道部推定長2.60m、幅0.9m、高さ0.9~0.95m。側壁は片岩系の河原石を用いた模様積み。天井石は緑泥片岩。

 

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玄室。玄室長4.00m、奥幅2.00m、中央幅2.10m、玄門側1.66m。奥壁・側壁は片岩系の河原石を用いた模様積みで上部は破壊されている。天井石は緑泥片岩で、玄室に落ち込んでいたり抜き取られたりしていた。プランは長方形に近い。すでに盗掘を受けており大形の副送品は残っていなかった。出土した副送品の多くは7世紀前半頃の追葬によるものとみられている。

 

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奥から。玄門は板状の緑泥片岩を立てて門柱石にしている。
(撮影 2013/07)

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2020.01.23

藤岡市宅地内古墳H(匿名)

古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
藤岡市宅地内古墳H(匿名) 前方後円墳 全長40m、前方部幅18m(復元27.5m)、同高4m、後円部径21~24m(復元25m)、同高4m 円筒埴輪、形象埴輪、大刀装具、尖根鉄鏃、甲小札残片、銅製鈴、銅製鉸具、玉類 藤岡市史

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民家敷地内のため匿名で掲載。葺き石があり円筒埴輪・形象埴輪が樹立されていた前方後円墳。全長6.60mの両袖型横穴式石室が開口している。(所有者に許可をいただき見学)羨道部は崩壊し土砂で埋没していた。

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玄室。やや胴張りのプラン。玄室長4.2m、幅(奥)2.45m(中)2.55m、高さ(奥)2.4m(前)2.00m。

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側壁。側壁奥壁ともに珪岩と片岩の河原石を用いた乱石積。6世紀後半の築造と推定されている。

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奥から外。天井石は最奥は片岩、他は牛伏砂岩の巨石が3石残存。
(撮影 2004/05)

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2020.01.22

藤岡市宅地内古墳N(匿名)

古墳名 墳形 規模 所在地 立地 出土品、備考 引用
藤岡市宅地内古墳N(匿名) 円墳 現存径5.6m、高さ2m 藤岡市史

 

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民家敷地内のため匿名で掲載。民家の裏に露出した石室が残っている。(所有者の方にお願いして見学)昭和10年調査の上毛古墳綜覧によると当時は径18mの墳丘があったらしい。

 

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玄室のみ残る。牛伏砂岩の巨石を用いた両袖型横穴式石室(袖は失われている)。現存全長3.62m、奥壁幅1.79m、同高さ1.72m
(撮影 2004/02)

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